Vol.009(2005年2月1日〜15日)
美しいノイズ
音楽生活人 ♣番組レビュー身の回りのものを見立て、利用してサウンドオブジェや創作楽器を生み出し、サウンドパフォーマンスを行っている坂出達典さんに取材。
企画/ディレクター:下田展久
撮影/編集:加藤文崇
取材協力:梅田哲也(カフェブリッヂ)、BRIDGE
【関連リンク】
坂出達典さんインタビュー(log-osaka webmagazine)
http://www.log-osaka.jp/people/vol.64/ppl_vol64.html
【番組レポート】
坂出達典さんを取材した「美しいノイズ」は、ぼくにとって、コネクタテレビでの初めての番組企画であり、思い出深い番組です。コネクタテレビで、地域で興味深い活動をしている人を紹介しようと思った時に、まっさきに思い浮かんだのが坂出さんのことでした。
1990年に、僕の職場だった音楽ホールで作曲家の藤枝守さん(コネクタの番組ではvol.113「Making Music」 http://www.connectortv.net/libraries/113.php)が「サウンドカルチャーワークショップ」という連続講座を開講しました。講座はほぼ一年続き、最後に参加者全員が何らかのプレゼンテーションを行ないます、坂出さんも参加者のひとりでした。プレゼンテーションで、坂出さんはカセットレコーダーとマイク、アンプ、スピーカーを使ったパフォーマンスを行ないました。マイクとスピーカーを向かい合わせにして、その間に紙の筒をかざしフィードバック音を変化させる作品です。僕にはその音がなんだか別の世界から呼び出されたような、とても美しい音に聴こえ、また坂出さんがそのなんの変哲もない紙の筒を動かすさまがとても神秘的に、まさに楽器を演奏しているように感じられました。
この音楽ホールで後に開催されていた「パーソナルミュージックパーティー」という企画があります。コンサートホールやギャラリーで発表できないような音の作品やパフォーマンスを持ち寄って、みんなで聴かせ合うというものです。坂出さんはここの常連として、いくつもの挑戦的な作品を紹介してくれました。
例えば「光の風鈴」という、この番組のでも紹介されているものもそのひとつです。
これは懐中電灯、扇風機、太陽電池、アンプとスピーカーで構成された作品です。部屋を暗くして懐中電灯を数本吊るし点灯する。光が落ちる場所に太陽電池を置き、それをアンプ、スピーカーにつなげて、扇風機で懐中電灯に風を送る、これが大きな回路になっています。
扇風機が懐中電灯を揺らし、フィラメントの光が揺らぎ、それが太陽電池を通して電気的な揺らぎとなってアンプ、スピーカーで音、つまり最初の風と同様に空気の疎密の波に変換される、という仕組みです。実際に出てくる音は愛らしく清々しいベルのような音でした。ぜひ番組で聴いてみてください。
この時の面白い思い出をひとつ。ホールのスタッフが記録の写真を撮ろうとしてシャッターを押した途端に爆音がして参加者全員飛び上がりました。カメラのフラッシュに太陽電池が反応してそれが音になったものですから、それはすごい音でした。坂出さんの作品は、見かけはローテクで、実際の働きはナイーブなものが多く、現象が様々に変換されるので、うっかりすると普段の行動が思わぬ結果として帰って来るのです。爆音がした時、坂出さんが怒るんではないかと思ったのですが、なんだかニコニコしていたのが懐かしい。
この番組は、当時大阪で目を見張るような活動をしていたBRIDGE(番組ではVol.006「BRIDGE」 http://www.connectortv.net/libraries/006.php)のカフェで撮影しました。カフェの担当をしていたアーティストの梅田哲也さんの全面協力により、坂出さんの公開パフォーマンスを行い収録しました。
坂出さんの独り語りになっている自伝的なインタビューが、ぼくはとても気に入っています。作品の説明は無く、小さな頃の電蓄やラジオとの出会いを通して坂出さんの世界観がたのしく語られ、この世界観のうえに作品が存在しているということがすっと理解できるのです。
坂出さんの作品は、どれも日常的で気楽なたたずまいなのですが、うっかり近づいた鑑賞者を宇宙の神秘みたいなところまで連れて行ってしまいます。「なんだ、そういうことか」と、理屈が一瞬分かったような気になるのですが、それは実は人間が向き合って来た不思議、それを考えて来た歴史のトラックに迷い込む入口になっています。作者は作品の仕組みは説明してくれるけれど、その奥にある掴めそうで掴めない不思議については自分ひとりで歩いて行って見つけなさい、、といわれているような。そんな作品です。
残念な事にこのレビューを書いている2016年春に坂出さんが突然亡くなりました。
享年68歳でした。
ぼくが残念がったところで、なんの意味もないのですが、大変残念です。
さすがにもう忘れているだろうとは思ったけれど藤枝守さんにお知らせしたら、大変よく覚えておられました。
コネクタテレビでも、坂出さんを扱った番組がもうひとつ。
Vol.117「村上三郎はかく語りき~バーカウンターの講義録~」
http://www.connectortv.net/libraries/117.php
こちらもあわせて、ぜひご覧ください。
【番組レポート】
2005年、当時は大阪のフェスティバルゲートに様々なアート系の団体が活動していました。この番組も、そんななかのひとつであるBRIDGEのカフェで梅田哲也さんの協力のもと収録されました。
坂出さんの話しは本当に率直で、きっとだれでも共感を覚えるのではないでしょうか。時間の不思議、天体の不思議、そういった私たちが把握しきれない概念の不思議に触発され、しかし身近なものばかりを使って作っている作品の数々をカフェブリッヂでお客さんも入れて披露してくれました。坂出さんの作品は視覚的にはあまり整えられているとは言えません。ちょっとユーモラスなくらい、あるいは急いで作ったんですか?と聴きたくなるくらい粗忽です。しかしその作品が起こす現象は、作品の出発点になっている大きな不思議、そして私たち自身が世界を捉えるために使っている五感の不思議と繋がっていて、すーっと宇宙の果てに連れて行ってくれるのです。
坂出さんは今も西宮北口で「メタモルフォーゼ」というバーを経営しています。この番組でも坂出さんが触れている具体美術協会の村上三郎さんについて、後に回顧録を和英で出版されました。坂出さんの美学哲学の土台になった村上三郎さんとの会話が聴こえてくるような本です。残念ながら村上さんは亡くなられましたが、この番組に興味を持っていただいた方はぜひメタモルフォーゼに行って、一杯飲みながら坂出さんと話してみてください。きっと人生が豊かになることでしょう。コネクタテレビでは「美しいノイズ」のほぼ6年後に、この本についても坂出さんのインタビュー番組を作っています。
Vol.117(2011年3月下旬)「村上三郎はかく語りき」もぜひご覧ください。